
正直に告白すると、僕自身の現状は、いわゆる「996(朝9時から夜9時まで、週6日働くスタイル)」そのものと言える生活を送っており、膨大な時間を仕事に投下しています。
平日も土日もあまり関係がなくて、起きている時間のほとんどは株式会社qutoriの経営か、「BUFF コミュニティマネージャーの学校」の運営、クライアントのコミュニティ伴走、あるいはロフトワークでのインキュベーション施設の現場伴走のことを考えています。
もともと理系の研究者を目指していた人間ということもあって、僕にとって今の仕事は「社会を使った壮大な実験」であり、純粋な探求そのものなんですよね。震災のボランティアプラットフォームを立ち上げたときに感じた、強い想いを持つ人たちが自律的に動いて、その複雑系から新しい価値が生まれていく面白さ。その仕組みやルールを裏方として設計するのがとにかく楽しくて、趣味と仕事の境界線がほとんどない生活をずっと続けてきました。
だからこそ、誰かに強制されたわけでもなく、自分の意志でアクセルをベタ踏みし続けてきた自負がありました。
けれど最近、生成AIの急速な進化を目の当たりにする中で、僕自身の働き方に対して強烈な「揺らぎ」が生まれています。
生産性が上がるほど、回し車が速くなるアイロニー
生成AIの登場によって、いまテックやスタートアップ界隈では「生成AIと働き方」についての議論が盛んに行われています。けれど現実に起きているのは、「誰が一番長く働けるか」というチキンレースのような空気の再燃です。
AIによって、かつて数ヶ月かかっていたプロトタイプ作成やコンテンツ制作が、わずか数時間や数日で形にできるようになりました。本来なら、その劇的な効率化によって人間に「余白」が生まれ、より持続可能な働き方にシフトできるはずですよね。
でも現実に起きているのは真逆で、「浮いた時間でもう5個プロジェクトを回そう」「競合が10個やるなら僕らは15個やろう」と、期待値のバーを際限なく引き上げているだけに見えます。
テクノロジーが作業をどれだけ減らしてくれても、僕たちの労働時間はちっとも減らない。むしろ、ハムスターの回し車の回転スピードが上がっただけなんじゃないか、と。
僕自身、その猛烈なスピード感の中にどっぷり浸かりながら、ふと立ち止まって怖くなった瞬間がありました。
「生成AIという強力な武器を手に入れた結果、僕はいったい何を最適化しようとしているんだろう?」
996は「未来の自分」からの前借りではないか
僕は「BUFF」の講義などでも、いつも「コミュニティは最高の組織形態ではないし、初速を出す短距離走ではなく、長距離走のイメージで向き合うべきだ」と話しています。多様な人が関わり合い、偶然性の中から価値を生み出していくプロセスには、じっくり時間をかける必要があるからです。
それなのに、僕自身の生き方や仕事への向き合い方は、完全に「永遠に全力疾走し続ける短距離走」になってしまっていました。
極端な長時間労働って、結局のところ「未来の自分からの前借り」なんですよね。 将来の健康や、誰かとじっくり関係性を紡ぐための時間、人間としての回復力をすり減らして、今日の見かけ上のアウトプットを力技で最大化しているだけ。企業の財務諸表には載らないけれど、個人の人生のバランスシートには確実に、目に見えない負債が積み上がっていく。
もちろん、新しいプロジェクトの立ち上げ期や、どうしても外せないリリースの直前など、一時的に猛烈なスプリントをかける時期は必要だし、僕もそれを否定するつもりはありません。でも、「全員が永遠にスプリントし続けること」を前提にした組織設計や働き方は、ルールメイキングとして明らかに破綻しています。
「制約」がない人間のオペレーションは、雑になる
もうひとつ痛感しているのは、「時間のリソースが無制限にある」と思い込んでいる人間の仕事は、優先順位のつけ方がどんどん雑になる、ということです。
「最悪、今夜徹夜すれば形になる」「土日も稼働すればなんとかなる」。そう思っていると、本当はやらなくてもいい無駄な会議を削る努力を怠ったり、人に任せる仕組み化から逃げてしまったりする。
子育てや介護、あるいは自分自身の生活に明確なデッドラインがある人たちを見ていると、本当に頭が下がります。「17時半には絶対に現場を出なければならない」という制約があるからこそ、何が本質で何がただの思いつきなのかを見極める嗅覚が研ぎ澄まされているし、時間の使い方の規律が圧倒的に高い。
生成AIの時代だからこそ、この「制約が生み出すディシプリン(自己規律)」が不可欠になるはずです。何でも作れてしまう時代に、制約を持たない人間は、ただ単に体力と時間という物量作戦で課題を力技でねじ伏せようとしてしまう。それはプロフェッショナルとしての優秀さではなく、単なる甘えだったのではないかという反省があります。
リーダーの背中が、見えない同調圧力を生む
そして何より僕を揺るがせているのは、場をつくるリーダーとしての責任です。
僕が深夜にSlackで即レスを返し、土日も当たり前のように動いている姿を見せること自体が、メンバーや周囲に対して強烈な同調圧力をかけてしまっているのではないか、という懸念です。
口先で「無理しないでね」「ちゃんと休んでね」と言ったところで、組織のカルチャーを規定するのは経営者の言葉ではなく「実際の行動」です。どれだけ美しいバリューやウェルネスの方針を掲げていても、深夜まで起きている人や常にオンラインな人が暗黙のうちに評価される空気があれば、メンバーは「やっぱり身を削らないと認められないんだ」と受け取ってしまう。
僕が目指してきたのは、一部のスーパーマンだけが生き残る場所ではなく、多様な人がそれぞれの関わりしろを持って、ゆるやかに価値創造に参加できる仕組みでした。
それなのに、自分自身が「体力と時間を無制限に投下できる人」しか生き残れないようなルールを無意識に肯定してしまっていたとしたら、それは僕がコミュニティを通じて作りたかった社会の思想と、完全に矛盾してしまいます。
自分の生き方に、新しい「メガネ」をかけ直す
だからといって、「明日からきっかり定時で帰ります」と極端に振り切るのも、今の僕にとっては嘘になります。知的好奇心や、何かを立ち上げるときの初期微動としての熱量は、僕の原動力そのものだからです。
大切なのは、毎日きっちり50:50を目指すような非現実的な「ワークライフバランス」に囚われることではなく、人生の波や「季節」を受け入れることなのかなと思っています。今は全力で掘り下げる季節なのか、それとも意図的にスピードを落として余白をつくり、人と対話して回復する季節なのか。
迷ったときには、「5年後の自分が、この決断を後悔しないか?」と問い直してみたい。仕事の現場で生じる緊急事態の多くは、一歩その場を離れてみれば、宇宙の運行には何の影響もないことばかりです。でも、すり減らしてしまった身体や、二度と戻らない誰かとの時間は、後から取り戻すことができません。
コミュニティマネージャーに必要なのは、スーパーマンに変身することではなく「新しいメガネをかけて社会を見ること」だと伝えてきました。
AIがどれだけ人の仕事を肩代わりしても、生き方を選ぶのは人間自身です。今、そのメガネをかけ直すべきなのは、誰よりも僕自身なのだと思います。長時間労働という力技の競争から一歩降りて、余白を持ちながら持続可能に価値を生み出し続けられる新しい「OS」を、まずは自分自身を実験台にしてアップデートしていきたいと考えています。
【筆者プロフィール】
加藤 翼(Tsubasa Kato)
株式会社qutori CEO / 株式会社ロフトワーク シニアディレクター / BUFFコミュニティマネージャーの学校 創設代表
1990年千葉県柏市出身。「共創」をテーマにしたコミュニティディレクターとして、他分野のコミュニティを横断する事業を多数手がける。早稲田大学で哲学を専攻後、外資系コンサルなどを経て株式会社ロフトワークに入社。100BANCH / SHIBUYA QWS等の立ち上げに携わる。2017年 株式会社qutoriを創業。
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